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友とともにー没落の夕暮れ
船は港に着いていた。僕はゆっくりと地上に降りた。歩き出すや、すぐに1人の男が遠くで手を上げているのが分かった。僕は笑ってみせる。夢破れた男にふさわしい、自嘲的な笑みを浮かべてみせる。ユリカモメの鳴き声は哀しげで、右向こうに見える夕陽に光る水面は、かつての僕の淡い希望のような気がした。

「まあ座ろうや」
言われるままに腰を下ろす。大海原へと飛びゆくユリカモメたちはやはり哀しげだ。
「僕は向こうで、誠実に生きることはできなかった」
彼が覗くようにこちらを見るのを感じながら、海を見たままに続ける。
「僕は泥にまみれるのを避け続けていた。そんな人間に門戸を開く店なんてほとんどない。3年間、そうして街に逃げていた。僕は親を裏切り続けたんだ」
「でもケーキ職人はお前の夢だったんだろ?違うのかい?」
「そう、それは"夢"だった。明確な目標にまで至らない、淡く儚い夢だったんだよ」
彼はゆっくりと頷いた。僕は彼が深く理解してくれたことを悟った。
「まあ、元気出せよ」いつの間にか右手を右肩に回されていた。
「もし向こうで仕事に就いてたら、こうして俺と夕陽を眺めることは一生なかったかもしれないんだからさっ」
僕はハハッと笑う。左隣の彼も笑っている。彼はまた朝日は昇る、なんてことは言わなかった。そうだ。僕はこの"没落"をいつまでも味わっていたいのだ。この小さな町で。たとえ明日、まばゆいばかりの朝日が空に輝くとしても。
20/09/01 06:01更新 / 桜庭雪



談話室



■作者メッセージ
今年の4月頃に、noteというウェブサービス(ブログとツイッターを合わせたような)をやっていました。昨日、アカウントを削除しログを消してきました。これはその中で、唯一残したいと思った思い入れのある作品です。

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