ポエム
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汚い水辺と女の子の夢
汚い水辺を歩く夢を見る時は、
いつも隣に一人の女の子がいる。
僕は加齢と共に夢の中でも老けていくけれど、
彼女は初めて出会った時から変わらない。
十歳くらいの背格好で、
ビー玉のようなきらめく瞳と、
よく通るソプラノの声が愛らしい。

もう二十年以上の付き合いになるけれど、
僕は彼女のことを何も知らない。
正確には彼女の本当のことを何も知らない。
「君は誰」と何度も訊ねたけれど、
彼女はいつも前回と違う答えを言って、
俯いたり、舌を出したり、髪をかきあげたり、
前回と違う仕草をして誤魔化した。

「私はあなたの母親よ」
「私はあなたの友人よ」
「私はあなたの彼女よ」
「私はあなたの妻よ」
「私はあなたの娘よ」
「私はあなたよ」
「私は私よ」

「私が誰であってもあなたは納得できないわ」

そうだ。その通りだ。
以前は彼女の正体を突き止めようと、
心理学や精神医学の文献を読み漁ったり、
霊感があると言う人に視てもらったりしたけれど、
今はもう何もしていない。
血眼になってかき集めた知識の中に、
納得できるものは一つもなかった。

ああ、五感が拾う周波数が変わった。
瞼の裏の暗闇に空いた小さな穴から、
上機嫌なハミングが聴こえる。
どうやら今夜は久しぶりに彼女と会えそうだ。
前回会ったのは四年前で、
その時はドブ臭い用水路の脇を歩いたけれど、
今夜はどこで会えるのだろうか。
25/06/14 22:24更新 / わたなべ



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