幸福の麦畑が広がっていた
毎年、変わらない麦の唄を歌い
収穫の夜は、彼と祝杯をあげた。
風に揺らされる、広がる麦畑で
彼と初めて出逢った。
その街はずれの、長閑な麦畑が
二人の小さな聖域だった。
二人はそこではどんな話もできたし
二人はそこではどんな事でもできた。
私は愛情に飢えていて
彼は暮らしに飢えていたようだ。
彼がある日突然この街を去るまで
私は幸福なことに一生分輝いていた。
だから、今は、覆う影の寒さに震える
ただ昔を思い出す亡骸のように、
麦の唄を歌い、祝杯をあげた、あの日々は
何度泣いても戻らない、幻と知る。