後悔のない春の海
くらい湿気った夜に
怒ったように蟷螂が飛ぶ
すこし冷たい春の風が吹き
肌寒い
首すじを撫であげる
ひんやりと
こころの扉に
ふれる指が切れ
ジャッ!
っと
小さな血しぶきが舞う
黎明
けたたましく鳴く
一羽の大鴉のまなこに怯える
そのこころは
どれだけ紫のあだ花が咲いて
魂の欠けた独唱が歌われても
信用する悲しみを
ぼくはずっと前から
知っていた
いくたびも
崩れ堕ちた正しい魂のかけらを
いくつもいくつも
ひろいあつめては
風に吹かれた赤色の朝日の
掠れるほどの涙声が
きっと
いらない不幸な運命を
そっと呼び寄せるのかも
しれない
月光が
青空に侵されるように消えて
街灯りもしだいに
消えていく
そのせつなげな孤独を
あなたの耳元で告げたい
そして朝の大鴉は静かなときのなかを
ばっさばっさと飛びつづけ
そして
あの山のふもとまで
羽ばたきつづける
それは死の飛翔だとしても
夜が死んで
新しい朝が産まれる
星のみえない白昼に
大鴉に化けた天使たちは
綺麗に整ったその顔を曇らせ
斧ふるう蟷螂に驚き
しだいに粉みたいな白さが
こびりついた死顔に
すっかり憧れてしまう
そのせつなさが伝えられず
神さまにあやまるときがきたら
そのときこそやっと
明けない夜から逃れられた嬉びを
神さまに伝えるのだが
それでも
気がつけば
まっくらな魂の海の底へ
呑み込まれてしまう
ただこれだけは言っておく
けれども
けっして後悔などしないで
輝く春の海を眺めている