砂漠の蛇
0 序としての、呼びかけ
ねぇ、蛇たち?
貴女方はわたしのこと、
非道いって、思ってるみたいですね。
でもね、
わたしの生きてきた闇もまた、
貴女方の知らない明るい闇なのです。
ええ、むろんわたしは、
もはや《悲しみのひと》と呼んでもらえる
全ての資格も権利も持ち合わせてはいない。
ただ、だから、だからこそ
わたしの堕ちた闇に
まだけがれていない貴女方が
堕ちないことだけを、祈ります。
べつに、
慈愛や慈悲の心じゃありませんよ。
ただ、わたしが、見たくないだけ、
そんな蛇たちの姿を。
闇に堕ちた姿をみて、
いや〜な気持ちになりたくないだけだから、
ただ、わたしが。
ですから、貴女方の知らない夜は、
わたしひとりが引き受けていますから、
貴女方は、
まっすぐに白く大きな都会のどこかで
元気に、夜を過ごして、
毎夜静かに
ゆっくりとお休みなさい?
できるだけ、きれいな寝息をたてて、ね?
1 ね、蛇姫?
忘れがちだけど人って人に
好かれるために努力しているんだ
希いを叶えるために。
好かれることを放棄する
気楽な人もなかにはいるけど、ね、
わたし、とか?
わたしの堕ちた闇は
夜の乾いた砂漠のように冷たかったが
そんなことよりただじぶんが
大事なだけだったから
砂に埋もれきってしまわないようにと
それでも
それだけは
じぶん自身に命じて
生きてきた
血ぬられた嘘や偽り
妬み嫉みそういう負の感情を
空気のように吸って
生きてきた
それだけで
ようやく
生きて来れた
みんなのような美しく気高く可憐な
お姫さまじゃ
なかった
忘れがちだけど人って人に
好かれるために努力しているんだ
けれど、とある希いを叶えるため
ただそれだけのために
好かれることを放棄する
気楽な人もなかにはいるけど、
ね、わたし?
貴女方はそんな風には
ならないで。
ね?
堕ちる必要のない穴になんて
堕ちちゃ駄目です。
わたしはもしかしたら
とんでもなく弱かっただけ
なのかもしれません。
日常から
外れることなんて、しちゃ駄目です。
わたしみたいな割れたダイヤモンド
(ハハ、いくらなんでも
じぶんのことを良くいいすぎ?)
にならないためにも、ね?
貴女は、そのままでいいと想う
じぶんを信じてあげて
じぶんをたやすく売らないで
そして
ねぇ、
わたしのおバカなおはなし聴いて
笑ってよ、
ね、姫?
わたしは、そう、
姫は姫でも、
《生き埋め姫》と呼ばれたおんな。
2 生き埋め姫のゆめ
助けてと
魂切(たまぎ)る声で 叫んだの
遠い風景 夢の中だけ
人形の
ようだといわれた こともない
信じず 愛さず やって来たけど
好きだった
わけなく惨めな気持ちのときも
自分を好きでいられたあの頃
泣き出すし
ひとりで生きていくための
いちばん綺麗な こころが欲しくて
ああ だから
助けて欲しいとのぞんだの
お希いですから あたしに言葉を
嘘みたい
こんなになるまで 弱かった?
星の見方も しってた はずよね
星ひとつ
見えない絶望 知らないふりして
はしゃいで はしゃぎきり 明日は信じた
ひとりでも
生きていけると誇った日
生き埋められても 歯をむき 笑った
3 そして、きれいな寝息で
生まれ育ったあのちいさな町から離れ
この無駄に騒がしい、白い都会で過ごす
いまこのときを生きる
何匹の蛇たちが、
どこで、
どれほど、
泣いているのだろう
どんな目にあって。
そしてどんな目にあったとしても
そんなに簡単に
想いどおりにはなりはしないから
想いどおりにしようとも、希えなかった。
希えないまま、
風吹くたそがれに
遠くをみている、目が乾く。
あしたが来ない夜を
すごしたこと、おあり?
わたしはあります、決して明けない。
だから、いまでも夜道を這いながら、
一匹で夜を、生きるのです。
だからですよ。
だから、
人に好かれるかどうかは問題じゃあ、
ない
ほんとうに、やりたいかどうか──
ですよ
ですよ、ね?
こころに闇なき明るい姫よ、どうか
貴女がどうか、
汚されてしまいませんように
いつも
今夜も、明日の夜も、明後日の夜も、
いつだって
どんな夜だって
綺麗な寝息で 、眠れますように。
綺麗な、寝息で、眠れますように………