花と秋
あのとき
だれもそれを知らなかったし
まやかしの
やさしさなんて
みんな
持っていたよ
ただ
こころには
鍵をかけてね、
しっかりとはずせない鍵を。
くだらないよね
たにんの話なんて
まるでとこか懐かしい
けれどきっと初めて聴く
遠い異国の楽曲みたいだ
クライマックスは
半裸の女性と猫の仮面の男性が
狂ったように踊り、
戯け、
そして
一瞬のちの
静寂。
爪を立てられた背に
血を滲ませたのは
女か、
男か。
あるいはふたり仲良く、か。
ぼくは空気を掻き分けて
もっと新しい微笑みを
探すために駆け出そうか。
と、想っていたよ。
あのとき
だれもそれを知って黙っていたし
まやかしが
美しいほんとうだなんて
みんなで
嘘をついていたね、
ただ
こころには
鍵をかけてね、
しっかりとはずせない鍵を。
いま想えば
なにも要らないんだけれど
なにひとつ
要らないと断言できるんだけれど
あのとき
こころに忍ばせていたなにものかは
左利きの裏切り者の夜に、
濡れた長いまつ毛を伏せて
地球は宝石だみたいな
明るい綺麗事を云って
こころが切り裂かれるのを
なんとか
とどめようと
していたんだ
雨が涙にならないから、と、
まるで
不器用な春の花が
秋に
咲き乱れるように。